『素麺(そうめん)』の歴史と未来

素麺は夏の食べ物という印象があぴますが、スーパーで通年、乾麺を入手できます。
冷やし素麺として食するほかに、熱いつゆを掛けて食べる「にゅうめん」、油で揚げる食べ方もあります。

味噌汁や吸い物の具にしたり、魚との相性が良いため、瀬戸内地方の「鯛素麺」は郷土食として愛好されています。

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中国伝来 鎌倉期に全国へ

伝統的な食である、この乾麺の歴史は古く、西暦6OO年頃から奈良・平安時代にかけて、原形である米粉と小麦粉を塩で練つたお菓子が醤油・胡麻油などと共に、遣隋使・遣唐使により中国から伝えられたとされています。

これらは唐菓子(からがし、とうがし)と呼ばれ、その中の一つに索餅があり、日本の手延べ素麺の元祖であるといわれています。

その後、遣唐使の廃止により国風文化が栄えた際に、麺として日本独自の食文化ができ、鎌倉時代には仏教寺院の広まりと共に、精進料理の点心として全国各地に麺文化が拡大しました。

農業では二毛作により小麦の作付けがおこなわれたことも相まって、かつては宮中での高貴な人々の食べ物であり、客をもてなしたり、年中行事などの特別な日の貴重なごちそうだった素麺が僧侶から武士へ、産地も西日本から全国各地に形成されました。

そして、室町時代に庶民に届きました。

江戸時代になると荒地でも育つ蕎麦と共に、全国各地で地域特性に合った麺文化が発展して、「饂飩・蕎麦・素麺」として、現在の私たちの 「食」へと繋がっていると考えられます。

業界は産地でサミット開催

さて、業界初の取り組みとなる「全国そうめんサミット2016~未来へ発信inたつの~」を2016年5月、「揖保乃糸」の産地である兵庫県たつの市で開催しました。

「幅広い可能性を持つ乾麺の良さを全国へPRすること」「時代変化を見据えた地域振興・活性化を推進すること」「認証制度等を活用した地域と一体となった品質向上・付加価値の創造」「夢・健康・元気を育む未来につながる商品づくりのための情報共有」-などを趣旨として全国から乾麺メーカーが集結し、盛大なイベントとなりました。

乾麺業界の更なる「創造の伝承」をキーワードに。

一層充実した商品提供のため、次世代の需要を見込んだ商品づくりに取り組んでいく方針です。

業界が共同体となって広い視野で海外販売の促進に取り組み、日本の伝統食品としてPRできる販売体制を構築していこうと考えています。

次回サミットは、農林水産省「地理的表示(GI)保護制度」(産品の名称を知的財産として保護する制度)を取得した「三輪素麺」の産地である奈良県桜井市で、2017年11月、開催される予定になっています。

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